高校生の頃、画集で見た絵の中に忘れられない1枚があります。
女性が遥か前方にある家の方を向き、草原を這って進もうとしている
ように見えます。なぜこんな所で倒れているのか、作者は何を表そう
としているのか。アンドリュー・ワイエス。水彩画で有名なアメリカ
人の画家。先日、愛知県美術館へ彼の展覧会を見に行きました。
上記の作品は「クリスティーナの世界」として有名です。体が不自由
であるにもかかわらず、何でも自分でこなそうとする彼女に彼は感動
していたそうです。今回この作品は来ていませんが、エスキース
(習作)の鉛筆画を見ることができます。
ワイエスの興味深いところは、モチーフとして自宅近辺から別荘
までのほとんど限られた範囲内での風景や出来事を取り上げている点、
また近所に住む人物を何十年も追い、何百点も描き続けたところです。
映画監督に置き換えると、自分が撮りたいシチュエーションが揃って
いるスタジオで生まれ育ち、ずっとそこで日々の生活を営みながら
あたりまえのように撮影を続けるといった感じでしょうか。しかし
彼は言います。私の作品の中にある風景と同じ風景を期待して現地に
訪れても、決して見ることはできないと。ワイエスというフィルター
を通してしか見ることのできない世界だからこそ、魅力的なのだと
思います。鉛筆、水彩、テンペラ(顔料に卵を混ぜて描く技法)が彼
の表現手段ですが、この順番で作品の完成度が上がるわけではなく、
それぞれが独立して扱われているという点もおもしろいところです。
今年1月16日、この展覧会の開催中に、残念ながらワイエスは
亡くなってしまいました。91歳でした。
愛知県美術館は平日18時で閉館ですが、金曜日は20時まで開い
ています。陽が暮れた後、じっくり鑑賞するのもなかなか良いです。
パリの美術館では最近、日常的な場で多くの作品に触れられるよう
にと、館内のカフェや閲覧室の壁にさらりと名画の実物が掛かって
いたりします。どっかの国の居眠り大臣は、バチカン博物館で立入
禁止の柵を乗り越え、ラオコーン像を触り、台座に腰掛けたそうな。
ラオコーンの子供たちのように蛇に食べられなくてよかったね。
展覧会は3月8日(日)までです。(ニ)